介護と医療
今日は難しい話です。
じーじは亡くなる直前まで短歌を考えては、大学ノートを手放さなかったの。
本当はもっと前に書きたかったんだけど…
亡くなった人の作品を勝手に世に出すのは問題かもしれないけど、頭から離れないし、誰かに知ってほしいから書いちゃいます。
能面のような顔して入り来る
施設の者は
短歌だから最後の一言が足りない。
優しいじーじの事だから、大好きで大事な短歌に、他人を恨むような言葉を書き記したくなかったのか、言葉が考え出なかったのかはわからないけど、情景は目に浮かぶ。確かに、施設の一部の人は淡々としていた。挨拶しても笑顔はなかった。
だからといって、じーじを受け入れてくれた老人保健施設をうらんではいない。受け入れてもらったときの我が家の状況を考えると、本当に助かった。じーじの気持ちは自分の家に帰りたかっただろうけど。
結局、老人保健施設は「介護」であって、病気を治す「医療」じゃない。
「介護士」と「看護士」
どんな教育を受けて資格を取るのかは詳しく知らないし、「全ての人が」「全ての施設が」というわけではないのは分かる。でも、じーじの入院から介護施設に入れるまでをみていると、「看護士」はにこやかに人として受け入れてくれているけど、「介護士」は物として対応しているように感じる。
何度でも言うけど、じーじの入所した介護施設しか知らないから、他は違うかもしれないし、施設をうらんでもいないけど、入所者を人としてみてはいなかったと思う。入所してくるのは認知症のある感情や言葉が少なく、耳も遠く、目も悪いお年寄りだから、淡々と世話をこなしていくのは仕方ないとは思う。
でも、そんなお年寄りでも「人」なんだよね。
お星様になるまで、「人」として送り出してあげるにはどうしたらいいか。
私には何ができる?
そうそう、じーじが亡くなったことで、ムクはもう一人のじーじを知った。
15年前に他界した私の父は旦那でさえ知らない。ムクはそんなじーじを「ラパンじーじ」となずけた。私の母を「ラパンばーば」と呼んでいるから(^^)
今頃、じーじとラパンじーじが「初めまして」なんていいながら、酒豪のラパンじーじが酒ののめないじーじに酒を勧めているかもしれない。それか、タバコ好きな二人が仲良く思う存分、タバコの煙を撒き散らしているかもね。
健康でタバコを吸っている方へ。
タバコはお星様になってから吸いましょう。じーじもラパンじーじも、タバコを止めるように医者に言われても止めなかったお陰で、肺がぼろぼろでしたよ。肺の細胞は、一度壊れると治らないからね。(たぶん、そんな説明を聞いたような気がする…)
どうしても止められない人は、奥様のいない外で吸ってね。



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